真木真道『湯煙変化』

 具体的な場所を記すわけにはいかないが、東北のとある温泉地には妖怪が出る。妖怪というよりも人の霊なのかもしれないが詳細は分からない。
 そこでは夜、一人で湯に浸かっていると妙に濃く湯気が立ち上ることがある。湯気は空中で渦巻きながら徐々に一箇所に集まり、やがてぼんやりと人の形を成していく。そしてじきに目鼻立ちまで分かるほどにその姿は鮮明になり、ついには人が出来上がって湯の中に落ちる。だから、そうなる前に凝縮する湯気の中に腕を突っ込んで掻き回さなければならない。ねっとりと纏わり付く感触を我慢しながら、人にならないよう霧散するまでひたすら攪拌を続ける。それでこの怪の害は防げる。何しろ現れるのが裸の美女ならいいが、放っておくと萎びた陰気なじいさんが完成するのだ。湯の中に落ちたじいさんは底に沈んで横たわり、どろんとした色のない目でじっと見つめてくる。その様子には恐怖感以上に変に気分を苛立たされるものがあるという。これにせっかくの温泉の楽しみを台無しにされた人は多い。