君島慧是『よく晴れて風のない紺色の夜のこと』

 晴れた日の小川の水面をばら撒いたようにちりちり光る雪の表面を、夜が冷たく青く固めていた。巽さんは新聞を巻いた足をいれたゴム長で、よその畑のうえを歩いていた。積もった雪で、大概の畑をただの丘と境界もなしに渡っていける。おかげで道がだいぶ縮まった。
 畑とも丘ともつかないなだらかな青い雪原の、すこし小高いむこうに、ぽつんと一本だけすっかり葉を落した広葉樹が立っている。夜空に広げた枝にせっかく掴まえたお月さんを、いま放している。
 その樹のだいぶ後ろで、地平線の森の手前を、きらきらきらきら白雲母のカケラの群れそっくりに輝いて流れる川のような帯があった。風に巻きあげられた雪かと目を擦ったが、今夜はまったくの無風でそよとも吹かない。手を伸ばした親指と人差し指を広げたほどの高さで北から南へ。酔っ払ってでもいたら天の川でもおりてきたかと思っただろうか。
 白雲母の流れが消えると、あたりは紺色がいよいよ冴えて、母親の針箱に大切に仕舞われていた端切れの色でできた硝子のようだった。風のない夜に色と光ばかりが透きとおる。一番近い星までなら、ずっとこの紺色で続いていたとしてなんの不思議があるだろう。
 気が遠くなるほど雪の原、紺色の空に月灯り、天に枝を広げる一本だけの樹、その影。
 ただひとつ佇む樹が、空の紺とおなじ色の影を雪原のうえで招くように斜に広げている。巽さんのゴム長の後ろでも斜めにくっきり、青い棒みたいに自分の影が雪に刺さっている。
 ぽかんとした辺りの景色に見惚れるあまり、その場に立ち止まったきりの脚をわからせるみたいだった。巽さんはたっぷり吸った息をゆっくり吐きだした。落ち着け。空だって月だってこんなに澄んでいるのだ、落ち着いてみせろ俺と叱咤する。あの樹の横を抜ければ病院はもうすぐだ。いつのまにか満月に白雲母を集めたような雲がかかり、鉱物めいて透きとおる鮮やかな虹を現出した。