巴田夕虚『霊媒』

 O山には死んだ祖母と話をしにきた。
 だが口寄せを頼んで降りてきたのは知らない中年男性の声だった。
「ボクの願いをどうか聞いてください」
 男は数年前に亡くなった者だという。
 恋人が今日この霊場に来ており、一目逢いたいのだと涙まじりに語る。
 だが私の用事に割り込まずとも、待っていればその恋人が呼んでくれるだろうに。
 そういうと「両親と一緒にいるから無理だ」という。
 なんでもその恋人は両親から厳しい束縛を受けており、生前も二人きりで逢うことさえままならなかったらしい。
「あなたはボクの霊媒になる素質がある」
 男はそういい、私に肉体を借してくれと頼んできた。逡巡したが、気の毒な話でもあるようだし、その申し入れを承諾した。
 すると耳の穴からうどんが流れ込むような感触があり、それから男の声が頭の中に直接響くようになった。
(ありがとう、じゃあ行きましょう)
 立ち上がると、意思とは関係なく脚が勝手に歩き出した。人の波をすばやく避け、ぐいぐいと進んでゆく。
(いた、あそこです)
 前方をゆく三人の親娘の背中がみえた。とても仲睦まじそうな様子だが――まさか恋人とはあの娘のことなのか。まだあどけない少女じゃないか。数年前だとせいぜい中学生か、下手すれば小学生だろう。
(電話もメールも、手紙やプレゼントも、毎日送ったんですけどね。あの両親が邪魔をするんですよ、酷いでしょう)
(逢いたくて門の前に居ただけなのにあの父親、殴りかかってきたこともあるんですよ。生意気なんですよね、年下のくせに)
(ああ、でも、あなたのおかげで、彼女はこれからボクと暮らせるようになる)
 私の手が伸びて少女の肩を掴む。