敬志『逃げ童』

「座敷童って住み着くとお金持ちになるんじゃなくて、お金持ちの家を掛け持ちで回ってるんですって」
 名門A女子大の学生から聞いた話だ。
 他校の生徒の論文で読んだという。
 
 この家に来てから随分と経つ。居心地は悪くないが、やはり仕来りは守らなくてはいけない。雪が降り始めれば動けなくなる。幸い今日は何故だが人の気配がない。床の間を下りて寝床を覗く。夏に生まれたぼこが私を見て笑った。名残り惜しいが仕方が無い。表座敷に移り縁側に出る。みちみちとしなる板張りをゆっくりと進む。御庭の向こうの蔵が増えていた。知らぬ間に家は大きくなっているようだ。ここから出られれば楽なのだが決まりでそれは出来ない。茶の間から一旦常居へと戻る。炉で熾火が赤々と燃えているのにここにも人はいない。土間に下り小厩から梁に登り様子を伺う。まっこが不安そうに嘶いている。屋根の隙間を雪がちらついていた。時間は無さそうだ。梁から飛び下り厩の向 こうに埋められた千切れた河童の子達を踏みつけ一目散に駆け出した。誰も追っては来ない。そのまま坂を下り祠のある四つ辻まで走った。ここで何処に行くのか決めなくてはならないが随分と前のことなので思い出せない。突然祠の影から人が飛び出し私を抱きすくめた。途端に人影は苦鳴を上げて大きく仰け反り、私はうっすらと雪の積もった田圃へ放り出された。背後で怒声が上がった。祠の影から叫びと共に大勢の人が飛び出した。辻の四方から人々が押し寄せる。私は泥を耳に詰め込み体を丸めた。その背なで男と女と年寄りと子供の怒号と悲鳴が渦巻き、焦げ臭い熱気が一晩吹き荒れた。
 三軒の分限者の家が燃え、二軒の家族が村を追われた。
 元座敷童だった老人から採取と、その論文には記されていたらしい。