鬼頭ちる『猫道雪』

 毎年、故郷の雪が深くなっていくような気がする。帰郷の為、駅に降りたった時にはもう、ちらほら雪が舞っていた。
 それにしても妙だった。なぜか足が重いのだ。歩いても歩いても、一向に進まない。空は暗く、いつしか吹雪に変わり、視界は完全に遮られ、時々意識も遠くなる……。
 その時だった。遥か前方に、ぽっかりと黒い小さい玉が浮かんでいたのだ。それは右に左に揺れながら、猛吹雪の中を軽やかに進んで行く。私は必死になってその玉を追った。
 追いかけて追いかけて、汗だくになって、いつの間にか足も軽くなって、やっと追いついた時、その正体が分かった。
 それは、猫のしっぽの先だった。真っ白なその猫は、尾の先だけがまるで目印のように黒く染まっていた。そしてよく見ると、体が宙に浮いていた。嘘じゃない。本当にその猫は、雪の上にフワリと浮かんでいたのだ。
 一度も振り返らず、ただ黙々と歩き続けた猫は、やがて町のトンネルに入ると、すーっと煙のように消えてしまった。
 思わず祖母に話すと『猫道雪』という言葉が返ってきた。
 東北の冬は長く、厳しい。そんな環境の中で、暖かい毛と愛らしい仕草を持つ猫は、雪国に住む人々にとっては生きた宝物だ。人間も幸せ、きっと猫も幸せ。でも、これまでぬくぬくと生きてきた猫は、その人生の最後にはやはり雪国の猫らしく、己の死期が冬と悟ると、あの『猫道雪』を通ってあの世へと旅立つのだそうだ。私が見たのは、まさにその瞬間だった。
 やがて春が来て、夫が子猫を拾ってきた。その猫は真っ白で、でもしっぽの先が黒く染まっていた。そしてよく見ると、頭にもまるでおかっぱのような黒い模様がついていた。
「あらあなた、前はそんな柄だったのね」コタツに入ろうとする子猫のしっぽを、私は慌てて掴んだ。「だめよ。コタツはもうしまうの。春なんだから」