こなこ『あなたさま、あなたさま』

 あなたさま、あなたさま。一六の春の夜。東京からいらしたあなたさまのご寝所に、すうっとすべりこんだのはわたくしでございます。あなたさまの透きとおるような白い肌に、書きものをされる指先の凛としたたたずまいに、はしたなくも前後もしらず、吸いよせられるようにおもむいていったのはこのわたくしでございます。そうしてあなたさまに触れられて、撫ぜられて、わたくしのからだは目覚めていったのでございます。そら、ここも、ここも、そしてここも、そこも。あなたさまのもたらす深い深いよろこびを欲して、こんなにも昂ぶりつづけているのがおわかりになりますか。あなたさま、あなたさま。都会者は信用ならね。そんな言葉をくりかえし聞かされて育ったわたくしでございますが、ええ、ええ、もちろんわかってございます。あなたさまがそのようなかたでないことを。すがりつくわたくしの両脚をへし折り、あの谷底へと棄てていったことも、すべてはわたくしを守るため。わたくしを村の男たちのなぐさみものにしないためのあたたかい配慮でございましょう。ええ、ええ、もちろん、わたくしだけがわかってございます。なんていとおしいかた。おかげでわたくし脚は少々不自由になりましたけれども、薄桃色のすべらかな肌も、たっぷりとつやをたたえる黒髪も、ゆたかにうるおいつづけるそこも、すべてあなたさまとの夜のままでございます。ですから、あなたさま、あなたさま。わたくしをみたしてやまないあなたさま。あれから幾度となく季節がゆき過ぎましたが、あなたさまがこの村で見聞きしたことをしっかりまとめあげ、立派な学者さまになられて東京から迎えにきてくださる日を、わたくしずっとずっといい子にして待ちつづけているのでございます。ですから、ねえ、あなたさま、あなたさま。わたくしを目覚めさせるただひとりのあなたさま。さっさとおめのそれこっちゃ寄こせ。ぐぢゃぐぢゃに噛みちぎって食う。