国東『等高線』

 イヤホンが壊れたみたいに遠く近く、蝉の声が内耳で反響する。高い木立の中、木漏れ日がうるさいくらいだ。ゆうくんが今日はじめて振り返りぼくに「だまっているように」というジェスチャーをした。ぼくらは山道を上がって行く。ゆうくんの青いTシャツの背中には、ねずみの顔に似た汗じみができている。
 季節外れの椿がぼくらを覗き込むように咲いている。かれらは確かに、植物らしくじっとしているのに、黄色い花糸が常にこちらを向いているのだ。ぼくの不連続か瞬きの間に、かおをすっとを曲げてしまうようだ。かれらの中心から伸びた見えない糸を引っ張っているような感じた。世界を凧のように引いているのだ。
 椿が地蔵に変わってもぼくらは緊張を保ち続けた。地蔵は山道の脇にぎゅうぎゅうと肩を並べものめずらしげな表情でぼくらを見上げている。かれらは押合って、小さな頭を重ねて、ぼくらを目でカチカチと追っていた。
 ゆうくんの背中のしみはすっかり大きい。広げた傘を上から見るようだ。それはくるくるご機嫌に、見ない間は回っているように思えた。前方の木の上にたくさんの山犬がいた。かれらは前脚に顎を乗せたり幹に頬を寄せたりしてみな眠っていたが、決まって口を開いていて、その黒い額縁の中にはまた小さな山犬があるのだった。柔らかい舌で小さなかれの背を押している。時には夢のように舐めているし、今にも溢れそうなのもある。木の下を通り過ぎるとかれらの尻尾がすべて糾弾するようにぼくらを指した。
 金魚がいて、テトラポットがあり、イタチがいて、よくわからない緑色のマグカップのようなものが続いた。それはきっと道順だから、あとでメモしようと思ったが三十を越えたあたりからわからなくなった。ゆうくんと違ってぼくは頭が悪いのだ。ぼくらはかれらの中心線を引っ張り続け世界は次第に暗くなっていった。