高柴三聞『なまはげびふぉあくりすます』

 人間の子供に元気がないと言いながら沼の河童が転げるように、なまはげの住処にやってきた。なまはげは丁度、趣味の包丁砥ぎの最中で、内心煩いやつが来たと心の中でボヤイいた。河童が一方的に話すのを最初は上の空で聞いていたが、だんだんと心が痛くなってきた。何でも、親に愛されない子がおるとかで、人間の世界では「家庭の事情」とかいうのだそうだが…。なまはげは、包丁を研ぐのを止め腕組みして考え込んだ。子供に笑顔を取り戻さねば。
 その日の夜、山の頂に、河童となまはげがいた。この時のなまはげの姿は異様だった。巨大な蓑を顔の下のほうに結んでヒゲのつもりらしい。頭に真っ赤な三角の帽子がかぶれずに角の片方にさしてある。左手には汚れた大きな袋。右手にはいつもの包丁…。包丁をめぐって、二時間ほど二匹は口論になるが、なまはげが折れる形で決着。折衷案として包丁の代わりに樫の木で作った大きな十字架を握ることに。結果的になまはげの姿はますます異様に…。
 なまはげは、地響きのような声で「めれーくりすんます!」と叫ぶと、人骨の手の部分を二本、トナカイの角のよう掲げた河童を従え、夜の街へ突進。かくして街は、吼え猛る怪物達により恐慌をきたしたのだった。空気の冷たい夜空は悲鳴が良く通る。子供は脅え泣き叫び、大人達は我先に逃げ惑った。二匹は、いかんせん人間社会に疎かった。警察どころか戦車が砲撃をしながら街中を走りまわる大惨事となった。命からがら逃げ帰って来るなり倒れこんだ。可愛そうに疲労困憊である。鈴の音が何処からとも無く聞こえて来た。サンタクロースのトナカイの引く橇が大空を駆けていた。橇の通った後から雪が、ダイヤモンドのように煌きながら二匹の所に舞い降りてきたのだった。メリークリスマス。