野棲あづこ『後継者』

 しゅっしゅっと手元から聞こえる微かな音とともに籠は少しずつ形を浮かばせていく。私の籠は編み上がるなり、待ちわびている人の手に渡っていく。いつのまにか匠と呼ばれるようになったが、この腕は受け継いだもの。
 私の手柄ではない。

手は一時も休まない。祖母の手によって黙々と目を編み連ねていく籠は、美しい曲線を描く。私は、その中に紅い林檎や深い紫の葡萄が盛られている姿を想像してうっとりとする。
 ――私にも作れるかなあ。
 そういって、習い始めたのだが私の籠は目もそろわず、曲線は波のよう。祖母の手の動きと比べて、ふっと息を吐く。
 もう全然駄目だ。諦めかけて手を止めたとき、ぱちんと囲炉裏の火がはぜた。
 祖母が私の籠を見る。
 ――ああ、懐かしいねえ。
 祖母の指は不格好な籠の目をなでる。――気にせず続けな。そのうち私の手をやるよ。ばあちゃんの手もばあちゃんのばあちゃんから貰ったんだ。
 
籠編みを習い始めた次の冬、祖母は亡くなった。私は不格好な籠と、芸術品のような祖母の籠を並べて泣いた。
 泣ぐな。泣ぐな。
 泣き続けていると祖母の声が耳に響いた。肉厚で皮膚が堅い、暖かい感触がふわりと両手を包んだ。
 すぐに竹を割り、籠を編んだ。手が竹を知っていた。するすると目が揃い、線は緩やかな丸みを帯びた。編み上がった籠を前にもう一度泣いた。私は腕をあげ籠を編み、日々は積み重なった。
匠と持ち上げられるようになっても私はまだ一人前ではない。この手を受け継ぐ者を育てなくては。
 
 ――あなた、やってみませんか?