高柴三聞『カマスおやじがつれて行った』

 僕は、昔から押入れにいるのが好きだったから、随分とうっかりした事になってしまったなと思う。
 ある雪の朝。母さんがいなくなってしまった。父さんも、爺も婆も口を噤んでいるだけだった。出し抜けに、母さんがしてくれたカマスおやじの話を思い出した。
 母さんは、袋に入れられて攫われたのだと思った。私は、怖くて、怖くて押入れに身を隠した。うつらうつらと居眠りが始まる。そして暗くて静かな時間が流れていった。
子供の私は、空腹に耐えかねて押入れから這い出す。そして、外の異変に気がついたのだった。誰もいなくなっていたのだった。
テーブルに伏せてある茶碗。読みかけの新聞。開けっ放しの玄関。
私は、思わず怖くなって、外に駆け出した。
外は、誰も居なくなっていた。
 粉雪が静かに舞い降りる。道の真ん中に人だけ居なくなってしまった自動車。倒れて置かれた自転車。
 駆け込んだ商店にも誰も居なかった。人の姿。否、生きている者の姿はどこにも無かった。主を失った無機質な街が残骸のように僕の目の前に広がっていた。
それこそ、テレビやラジオを着けても、空しい砂嵐が出てくるだけだった。
それから私は、何年も一人ぼっちだった。何故、私だけ。やはり、押入れに居たのが良くなかったのか。
嗚呼、人の声が聞きたい。そして私は