2010-09-18から1日間の記事一覧

『オシラサマ』/御於紗馬

街で京子に遇った。ゼミに顔を出さなくなったのが夏の始めだったから二月ばかり経っている。私の声に気がついた京子は、薄い笑みを浮かべながら頷いた。 それにしても、変わってしまった。それほど仲が良かったわけではないが、彼女の凛とした立ち振る舞いに…

『手』/秋乃 桜子

「 ねえ、あなた起きて、ここはどこ?」 「いいから、こっちにおいで」 「┄┄こんなところにお線香がある」 「そうか?┄┄」 部屋は薄暗く窓は障子戸だった。 天井にはシミが浮き出ていて、部屋の暗さとシミの模様が恐ろしい獣のように見える。壁は白塗りでと…

『フクちゃん』/須田 晶彦

私がまだ小さかった頃、祖父の家にフクちゃんという男の子が住んでいた。彼は父の妹の子で、私とはいとこ同士の関係にあった。 フクちゃんは六つを過ぎても言葉が話せず、また立って歩くことも出来なかった。子どもにはまだ大きすぎる、真っ赤な半纏の裾をバ…

『宇曽利湖に映るか』/もーりぃ

父がいまわの際につぶやいたひとことがずっと気になっていた。どうしてもその真意を確かめたくて、そのことを思い出しては悶々とする日々を繰り返していた。 三途の川を渡った者と話をしたければ、恐山に行ってイタコに頼め。 そんな話をどこかで聞いたこと…

『赤い顔の河童』/海広

見渡してから、カッパ淵に石を投げた。なぜこんな小川にカッパがいたと言い伝えられているのだ。俺は何度も石を投げ入れ、最後に大きめの石を掴み、強く投げた。水飛沫が高く飛ぶ。水面の光が弾ける。これで観光地なのか。俺は木製の看板に書かれた河童の民…

『アメッコ市』/松 音戸子

平素は静かで侘しい田舎の商店街なのだが、この日ばかりは甘く賑わっている。「アメッコ市」という祭りだ。毎年二月、秋田県大館市で開かれ、通りは色とりどりの飴を売る露店が並び、ピンク色の飴でたわわになったミズキの枝がそこかしこに飾られ、大勢の観…

『天井の無い家』/佐原 淘

友人がモダンな家を新築したので祝いに行った。聞くと「絶対天井裏を作りたく無かった」のだという。以下は友人の話だ。 「小学生のころ母方の伯父の旧家に泊まりに行った。夜中ふと目がさめて天井を見ていると羽目板が外れて死んだはずの祖母が覗き、ニコニ…

『みちのくへ戻る』/根多加良

ある日、宮城県伊具郡鹿狼山で奉られている手長明神がひょっこりと目を覚ました。辺りを見渡すと、以前起きた時と景色がだいぶ違うことに驚く。ほんの百年ぐらい寝ていただけなのに、なんだこれは。 特に地面に張り巡らされている灰色の糸が気になった。 「…

『箱の中身』/黒縁眼鏡

家に帰ると、リビングの電気が消えていた。娘が小学校から帰ってきているはずなのに。摺りガラスの向こうで、小さな黄緑色の光が不規則に点滅している。テレビでは……ない。 恐る恐る電気をつけると、娘がぱっと明るい笑顔で振り返った。娘の笑顔に心から安堵…

『ひろちゃん』/告鳥友紀

夜、耳慣れない物音で目が覚めた。何かを齧るような音がする。最初は鼠だと思った。暗闇に目をこらすと思わず声をあげてしまった。部屋の隅に誰かがしゃがんでいたからだ。僕の声は確かに聞こえたはずなのに、その人物はこちらを見ながら手に持っているもの…

『海とコーラ』/勝山 海百合

「兄ちゃん、とめて……」 佐枝の声がメグロのエンジン音にかき消されながら聞こえたので、路肩にオートバイをとめた。男物の防寒作業着を着た佐江がよろよろと道端に寄ってしゃがんだ。 妹の佐枝は海を見たことがなかった。山がちな土地に住んでいると海を見…

『憧憬の尾』/安堂龍

怪談という言葉を耳にすると、大学時代を過ごした弘前の学生寮を思い出します。 寮生活一年目の夏の夜、談話室で飲み会が開かれました。傷だらけの長テーブルを十数人で囲み、各々が菓子と酒を持ち寄ります。 蒸し暑い夜でした。空調設備などありませんでし…

『金田一のオシラサマの話』/田辺 青蛙

大阪生まれで京都育ちのわたしにとって、東北という土地は馴染みが薄く、「みちのく怪談」の企画を知って、少ないオミソを使ってうんうんと呻ってみたのですが、いっこうに話が浮かび上がって来ませんでした。 そこで、夫が学生時代に仙台に住んでいたという…

『ヤエ再来』/青木美土里

「本家のヤエ婆っちゃといや、うだでおっかね女だった」と評され数々の逸話を残して大往生した曾祖母ヤエは、一部からは千里眼とも呼ばれ、その眼力と腕力と度胸と第六感は今なお語り種となっている。いつも相手の違う曾祖父の浮気現場に乗り込み大乱闘に及…

『ブナの森で』/阪井マチ

大学の夏休みに、私と友人の二人で東北旅行へ出かけた。その途中、秋田出身の友人の案内で、彼が子供の頃によく遊んだブナの森をハイキングすることになった。木々に囲まれた山道を歩き始めてしばらくは気持ちが良かったのだが、森の奥に入るにつれて妙にけ…

『測量奇談』/猫吉

十年ほど前、電波塔の敷地測量をするため、岩手県T町に行った。県道から脇に少し入った荒れ果てた元農地が測量場所だった。農道の曲がり角に古ぼけた祠がある。光波は使わずに平板測量をすることにした。平板測量は精度は落ちるが、その場で図面化出来るの…

『足下の悪霊』/猫吉

私の叔父さんが、青森県の馬淵川にヤマメ釣りに行ったときの話だ。朝早く山に入り、上流にあるポイントで釣りを楽しんだ。釣果はまずまず、その場ではらわたを抜き、クーラーボックスに収納する。三時間かけて自動車のある所まで戻った。すぐに日が落ちて五…

『餃子』/k

とある閑静な住宅街、狭い一方通行だらけの道々を潜りぬけなければ辿り着かない奥深いところに、その店はある。メニューは餃子の一品のみ。初老の店主は険悪な顔付きの上、頗る無愛想で殆ど接客らしい接客もしていない。勿論、広告一つ出したことがない。だ…

『校庭にあった物』/猫吉

私が小学生だった時の話。盛岡では年末になると校庭に水を入れて、即席のスケートリンクにするのが恒例だった。冬の間、体育の時間はスケートになり、夕方からは一般市民に有料のスケートリンクとして公開されていた。娯楽の少ない昔だったから、それなりに…

『某大学の話 その他』/こなこ

東北某県にある某大学は山の中腹にあり、夜ともなれば美しい夜景を見おろすことができる、地元のちょっとした名所だ。しかし最近はさまざまな怪異が起こるため、その手のスポットとして浮上しつつある、と聞いた。 いわく、守衛の男性が深夜に本館を巡回して…

『魔物狩人伝』/戸神重明

ある村に首なし鳥の群れが飛来し、流行り風邪が蔓延した。村長に助けを請われて魔物狩人がやってくると、黒い大群は野原に舞い降りて一体化し、巨大な巡行神の姿に変容したのである。魔物狩人は持参した遮光器土偶を地面に置いて祈った。「女神よ、力を貸し…

『山へ向かう』/遠目

三年だ。 眼の前に広がる海と空は不穏にのたうちその境界線を消す。飛沫か雪かそれとも雪虫か、白い破片がしきりに降りかかる。この景色は私が記憶しているそれと全く同じだ。絶えまぬ海鳴りの律動に、知らず口をついて出た。かきむすふ をやまもとの いしづ…

『海と民』/豆傘馬

とある県の内陸部にあるその漁師町には、知る人ぞ知る綺麗な砂浜があって、夏になると海水浴客で町は賑やかになる。 しかし、その砂浜では毎年必ず死者が出る。 穏やかな波で潮の流れも静か。非常にいい砂浜だが、その犠牲者のほとんどが泳ぎが上手い上級者…

『けさらんぱさらん』/月斗桂

一周忌を期に、亡くなった祖母の家の解体を決めた。私たちと同居してからもそのままにしていたが、人が住まない家は傷みが早く、今では住むに住めない状態だ。古い家具などの要らぬ物は業者が処分してくれるとのことで、その前に家族皆なで必要な物を取りに…

『古い屋敷』/北山昇

雪の降る日、ある家を訪ねた。その家は大きな屋敷で、村一番といわれた倉が庭にある。昔はその倉にあふれるほどの米俵が積まれた。しかし、今は昔の面影などとどめることもなく、荒れ果て、ほとんど物置に近い。 家には年老いた老人と老婆が長年二人だけで住…

『響く』/月斗桂

参考資料は本物の、実際に着て使う為に作られた庄内刺し子の古い半纏だった。 身頃全体に規則的に、手仕事であることが信じがたいほど緻密な運針で山刺しが施されている。日々の仕事で痛みやすい肩の部分の刺し子模様は更に倍も細かい。 背の側はどうなって…

『郷に纏わる謂われ少々』/こまつまつこ

「郷に纏わる謂われ少々」蕗の葉の下 人がいる見られるのを 嫌ってる蕗さ狩ったらみんな怒ったみんな怒って呪いさかけたトカップチ トカップチ水は枯れろ 魚は腐れしたらば呪いさ本当になったトカップチ トカップチ水は枯れた 魚も腐った村人とっても悲しん…

『おしら様と女』/お神酒

遠野地方では「かいこの神様」といわれる「おしら様」が祭られていますが、陸中海岸のある漁師の家にもなぜかこの「おしら様」が祭られていました。聞くところによりますと一族の祖先はその昔八戸のお殿様にお仕えし遠野までの長い道のりをお供した足軽の一…

『残響』/青木美土里

ピアノを弾ける子なら大勢いたが、三味線は珍しかった。小柄で色白な少女が鳴らす激しく哀愁を帯びた音色に皆が聴き入ったものだが、師匠である東北の祖父の演奏はこんなものじゃなくぞっとするほど凄いのだという。 「おじいさんの楽器は特別で、シロウの皮…

『河童の皿』/沢井良太

私が小学生の時の時分、発売されたばかりでまだ珍しかったチョコパイを、帰省してきた東京の従姉がお土産にくれた。さっそく友達に見せびらかして一緒に食おうと思い、意気揚々と歩いていると、知らない爺さんに呼び止められた。背が低く、小汚い作務衣に、…