『そこにいた』/いわん

昔から、人を驚かせるのが好きで。
嘘をついては周りを驚かせていた。
まぁ、周りの人間も、だいたいそんな自分の言動に気づいていて。
「あぁ、また、あいつか」みたいに思われていた感じだった。
そんな周りを驚かせるために、嘘はより巧妙に、より真実味を帯びてきたのだけれど。
それでも、嘘は嘘にしか過ぎないわけで。
結局は、「なーんだ、また嘘かよ」と周りから笑われておしまいだったんだ。
自分も、そういう反応が欲しかったのだし、そう反応されて笑ってもらえるのならアリかな、と思っていた。
そんなある日。

「なぁなぁ、『遠野物語』って知ってる?」
と友人が聞くので、こう言ってやったんだ。
「あぁ、『遠野物語』ね。柳田國男のだろ?東北地方の伝奇伝説を拾遺した本だっけ?確か、『座敷童』『迷い家』とかが入ってたような記憶があるけれど。『耳なし芳一』は違ったっけか。あれはラフカディオ・ハーンだったっけか。各物語の最後は『どっとはらい』で終わるんだっけかな。意味わかんないよな、『どっとはらい』って。まぁ『遠野物語』の中でも一番有名なのは『くりひとげたり』って鬼の話だよな。大きな顔に直接手足が生えて、目が真っ赤で角が生えてて、長い髪を振り乱しながら、右手に持った大鉈で、目に入る人をバッサバッサと一刀両断していく鬼の妖怪が出て来る話。そんな妖怪に遭って、どうやって記録されるんだか。謎だよなー。確か、この近くでも目撃談があるんだっけか?ほら、今そこにいるだろう?」
と、何もいない空間を指差したんだ。

そしたら。

本当にそこにいた。