『松島ガッパ』/新崎

「松島にはカッパが出るんだよ」と彼女は言った。松島には無人島がたくさんある。そこにカッパは住んでいるんだそうだ。食事はどうしているのかと聞くと、事も無げに「焼き牡蠣を食べてる」と答えた。なんと千匹以上ものカッパが住んでいるらしい。
「本当だよ」と彼女。「嘘つけ」と俺。
 さて、カッパを見に来たわけではないのだが、俺は松島に行く機会があった。残念なことに彼女はいなかったが。島々を見ていると、確かにいてもおかしくない気がしてきた。本当に無人島だし、木々が生えていて隠れ場所には好都合だ。そんなこんなでいろいろ回り、昼間の観光を楽しんだ。
 松島に一泊したのだが、その際、俺は夜に出歩いてみた。月が綺麗だった。夜が透けて見えた。奇妙なことに、昼と夜では松島は全く違っていた。昼間は賑わっているのだが、夜は全く人の姿もない。人家の明かりもほとんどない。夜に人の姿がないのは、ほとんどの人は宿泊まではしないからだろう。駅の付近はまだ賑わっていたが、一歩外れると、どこか見知らぬ田舎町のようだった。車も一台も通らない。なんて静かな町なのだろう。
 俺は潮の香りを頼りに海に出た。月の光が海に反射して、無数の白が闇間に浮かんでいた。無人島の島々にも同じように、ちらちらと月の光を受けていた。俺は海に皿を浮かべるように潜っている無数のカッパの姿が見えた気がした。そうして島々を見ると、尻隠して皿隠さずのカッパが潜んでいるように見えた。海のカッパは今にも、この松島の地に上陸してきそうだ。
 帰ろうとして海から町の方に振り返ると、町のところどころにも白い光が反射しているのに気づいた。
 ――尻隠して皿隠さずのカッパか。
 この町は、カッパだらけなのかも知れないと思った。そして、どこからか焼き牡蠣の匂いが漂ってきた気がした。