『焚き上げ』/神沼三平太

 ある年の九月。まだ残暑の厳しい折、カメラマンのNさんは、山間の景色を写真に撮ろうと、北東北にまで脚を伸ばした。
 乗り合いバスでしばらく揺られ、そこから徒歩で山に入る。山道を歩きながら、時間を忘れて撮影した。持って来たフィルムを全て使い果たし、さぁ帰ろうと思った時には、予定を大幅にオーバーしていた。
 山の日暮れは早い。焦る内に陽も沈み、虫の声が耳に痛い程だ。辿り着いたのはバスの待合所。周囲に人の気配は全く無く、濃密な闇に意識が溶けていく。今夜は野宿だ。
——これはこれで、ありか
 と、腹をくくったその時。ふと気付くと、何者かが道の先に立っていた。
(え、こんな所に人が?)
 Nさんは怖かったが、話し掛けた。
「すいません。実は日が暮れる前に戻ろうと思ったんですが、時間読み違えて、町まで戻れなくなったんです。野宿しますけど、火は使いませんから安心して下さい」
 向こうも不審に思っていたのか、安心したような声で、
「大丈夫が?」と声を掛けて来た。
 近寄ってみると声の主は背の低い老婆で、
「いいんだば家さ泊まるが?」
 と声を掛けてくれた。渡りに船だと願い出て、Nさんは老婆の後ろから着いて行った。
 案内されたのは、藁葺きの意外と大きな民家だった。部屋の中央に囲炉裏があるが、これも普通よりだいぶ大きい。そして異様なことに、家中がコケシだらけだった。
 壁に棚があり、大小様々なコケシがずらりと並んでいる。古いものもあれば、新しいものもある。これは、とNさんが尋ねると、「割っで、火さくべへ」と答えた。
 老婆は、事も無げにコケシの頭から鉈を下ろし、半身になったそれを、火にくべた。
「こうせねば、ながのが化けで出るはんで」
 老婆はそう言ったという。