『雫』/槐妖

地質学者の関香はしめ縄が張り巡らされた東北のとある洞窟の前に立って居た。

「先生そんな軽装で大丈夫なのですか?」

完全重装備な山岳ガイド山根が言った。

「真夏なのだから大丈夫に決まっているでしょ」香はあっさり応える。

日本最古の鍾乳洞と言われる此処には一般公開されていない場所がある。それは水虎の隠れ家と称される永久凍土の洞窟。

昔獰猛な妖怪水虎を此処に追込み封印したとされていた。中に入るとひんやり肌寒く夏とは思えない程の気温だった。

辺りは緑がかった壁面が光苔のように妖しい光を放っていた。

「やはり温暖化の影響かしら。洞窟内がかなり融けた感じだわ」

周囲を執拗に見回し香が呟く。

前屈みで地質を調べようとして「ヒャッ」と悲鳴をあげる。

「どうしました」

「えっ、背中に水滴が入っただけよ」

「そんな格好しているからですよ」

一通りの作業を終え研究室に戻った香はその晩から高熱を出し入院する事となった。

一週間が過ぎた頃、香の体に異質な…それも緑の鱗模様が現れた。それは脊髄に沿って徐々に広がって行った。原因が解らぬまま時が過ぎ。10日目には香の体はゼラチン状になり肉体は水となり果てた。残ったものは限りなく透明な遺骸。その脊髄には緑の生命体が蠢いていた。これが、獰猛な妖怪水虎だとしたら…この先いったい…

そして、謎の奇病に関わった医師、看護士も同様の症状に見舞われた。そう、連鎖的に…




科学技術が進歩したとはいえ、太古より人が踏み入ってはならない場所がある。

其処にあえて踏み込んでしまえば…

身をもって恐怖を知る事だろう。

愚かな人間達は…自ら自滅を招く。