『アオダイショウ』/藤本桂悟

 高校三年の夏休みのことです。盛岡市立図書館で受験勉強をしようと思った私は高松の池の畔を自転車で走っていました。すると突然、道路脇の草むらから一匹のアオダイショウがするするっと這い出てきました。よけようとしたはずみで私は近くの電柱に激突してしまいました。
 痛くて動けないでいると、先程のアオダイショウが笑いながら私に言うのです。
「何故、そんなにヘビを恐れるのだい」
「手も足もなく地べたを這いずり回って、お前たちほど呪われた生き物は無い」と、私は叫びました。
「人間は賢いふりして色んな理屈をつけるが、真実からは目を逸らす。遥か昔、進化するずっと前、お前達はネズミだった。その頃は我々の餌だったのをもう忘れたのかい」
 そう言われると、一つの小さな記憶が甦ってきました。
 私は草むらで食事をしていました。丸々と太ったミミズに噛みつくと、口の中に生温かく甘い体液が広がりました。体をくねらせて悶えていたミミズも、半分食べた頃には動かなくなりました。最後に地面にこぼれ落ちた汁を舐めとりました。満腹感に満たされて、ふと顔を上げると、目前にヘビの頭が迫っているではありませんか。次の瞬間、真っ赤な口が私の上半身を包み込みました。一瞬激痛がはしり背骨が砕け、すぐに下半身の感覚は消失しました。それなのに意識だけはハッキリとしています。私の体はヘビの体の中へと吸い込まれていきます。ヘビの喉はつるんとしていて、妙に冷たい。やがて、漆黒の闇と酸っぱい臭いに包まれました。記憶はそこで途絶えています。
「ちょっと、あんた大丈夫なの」という声で私は目を覚ましました。どうやら気を失っていたようです。急いであたりを見渡しましたが、もうアオダイショウの姿はありませんでした。