『晩餐』/樫木東林

 母が倒れたと故郷の青森から会社に連絡が入った。慌てて東京駅から電車に乗り、教えられた県立の病院へと向かった。
 病室の母は点滴を受けて閑かに眠っていた。容体はかなり悪いらしい。痩せた母を見ていると居たたまれなくなり、気持ちを落ち着かせようと病院の外に出た。
 道を挟んで裏手は小高い森になっている。森の小道を進むと、ひんやりとした空気が心地いい。ここは霊場跡であったらしい。石碑には「元禄」「飢饉」という文字が彫られてあった。横の石仏の顔は誰かに似ている。誰だったろう、記憶を辿っていると、背後に厭な気配を感じた。振り返ると奇妙な生物がそこにいた。二本脚で立つ猿のようだけれど、体の割に手足が枯れ木の様に細い。なにかの絵巻で見た餓鬼そっくりだった。昼間のはずなのに、見る間に辺りは暗くなってきた。赤い目が幾つも暗闇に浮かぶ。
 私は森の奥へと逃げた。背後には一体何匹が追ってきているのか、振り返るのも怖ろしかった。逃げ回っていると前方に、明かりが零れる荒屋を発見して飛び込んだ。板間には老婆が一人座っている。突然家に乱入したことを詫びると老婆は何も言わずに飯を盛った茶碗を私に差し出した。思わず手にしてしまうと、こんな状況にもかかわらず、夢の中のように老婆の対面に座って飯を喰った。家中のあちこちからバシバシと音がする。奴らが外から叩きまくっているのだ。
 茶碗が空になると老婆はすかさず飯を盛って私に返した。相変わらず無言で、目を怒らせながら私の手元だけを見つめている。私の喰いっぷりが悪いことを怒っているのだ。そうして腹が破けそうになるまで飯を食い続けた後、私は気を失ってしまった。
 我に返ると私は重なった落ち葉の上に座ってぼんやりしていた。まわりに荒屋も何もなく、辺りは昼間の明るさを取り戻していた。
 病院に戻ると母が急死したことを知った。