『こけしや』/孫弟子
大きくこけしを商っていた会社があった。
今も、細々と営業している。
こけしやの常連客の中に医者がいる。
大変熱心なコレクターで、来るのは決まって、珍しいものが見つかった時だった。
開かずの扉をこじ開けて、希少品が出た時。
老舗が倒産して、数十年前の貸し出し品が戻ってきた時。
必ず間髪を入れず医者は顔を出した。
不思議なのは、誰も、医者に何の知らせもしていない事だった。
一週間振りのことも三年ぶりのことも有ったが、必ず連絡するより早く来た。
終いには店員達は皆、「珍しいものが出たから、今日明日にも医者の顔が見られる」と待つようになった。
そして、必ず、来た。
医者は、コレクションをたいそう慈しむことでも有名な人物だった。
こけし達は、一刻も早く、彼の元へ行きたかったらしい。
こけし屋はいつも火の車だった。
「今度こそはだめだろう、職人に払う金がない」
と覚悟すると、必ず客がやって来た。そして丁度良い分、現金で買い物をして帰っていく。その額はいつもこけし屋の金庫番が「足りない!」と嘆いて口にするものと一致した。
金庫番はある日、願掛けに神社に詣でた。
長い階段の下で、財布を改めると、賽銭用の五円玉がない。
「ご縁が無いとは・・」と嘆きながら参道を上って行くと半分土に埋もれた五円玉が見えた。それを拾い丁寧に洗い浄めて賽銭箱に放った。金庫番は、参道を下りながら「百万円・・と口にすれば良かった」と、悔やんだ。
足りない分はどこからか手に入る。
こけし屋で働き始めてから身に付いた才能だ。