『箱明神』/安堂龍

小学校四年生の時、私は青森県三沢市で両親と暮らしていました。
夏休み、市内に住む祖父に箱明神というまじないを教えてもらいました。
十センチ四方程度の、立方体の箱を作るのです。素材は何でも良いのですが、箱の上面が開閉できるように、蓋を作らないといけません。この箱を、箱明神と呼ぶそうです。大事にしておくと幸せになれると聞いて、私は祖父に見てもらいながら、菓子の容器を組み合わせて作りました。
その後、箱明神を自宅のテレビの上に置いていたのですが、ある日学校から帰ると、箱明神は捨てられていました。
母が激怒して言うには、箱明神の中に鼠の死体が入っていたそうです。家では猫など飼っていませんでしたから、私が疑われました。
私は泣いて、電話で祖父に相談しました。
『きっと箱明神がへそ曲げて悪戯したんだろう。あの箱は歪んでいて出来が悪かったからなあ』
そんな子供っぽい神様ならこちらから願い下げです。私は箱明神と絶交しました。

十四歳の冬、祖父が亡くなりました。葬式の虚無感が薄れてきた頃、私はふいに箱明神のことを思い出し、もう一度作ってやろうという気持ちになりました。
この時母に、「妙な宗教をやめさせるため、鼠が入っていたと嘘をついたのだろう」と問い詰めたのですが、にべも無く否定されました。ならば、箱明神は懇切丁寧に作ってやらなければなりません。薄い木板を調達して、独自の設計図まで用意しました。念を入れて仕上げにニスまで塗りました。
――結婚した今も、箱明神は棚に飾ってあります。時折蓋を開けてみるのですが、悪戯はしていないようです。きっと箱の出来に満足しているのでしょう。