『新しいビル』/葦原崇貴

高校を卒業して以来なまってしまった身体を動かすべく、浪人生仲間を誘って、当時竣工してまもない東北一高いビル、SS三〇の階段登りをしようということになった。某大手保険会社のオフィスビルだが、三十階は展望台やレストランで一般開放されていた。
しかしまず困ったのは、階段が見あたらないということ。当然と言えば当然だが、上層だけ一般立入可となれば、エレベータのみでの移動となる。だが仲間のひとりが非常階段のドアを目敏く見つけ、そこから三十階を目指すことにした。勝手に入ってよいのだろうかと若干の後ろめたさを覚えながらも。
ホールの華やかさとはうって変わり、非常階段は狭く薄暗い。わずかに息苦しさを覚えた。初めは雑談を交わしながら登っていたが、元々さほど体力のない連中、すぐに口は荒い呼吸のみとなり、各々黙々と、他とペースを合わせることもなく歩を進めた。
のろまな僕は自然としんがりを務めるようになった。踊り場で何度も階段は折れ曲がっており、友人らの姿は見えなくなる。先を行く複数の足音を聞いているうち、その中に新たな足音が混じったような気がした。
――あ、すみません、階段、使ってます。
緊張気味の友人の声が、すぐ上の階から響いてきた。続いて、靴音がこちらへ降りてくる。警備員だろうか。僕は足を止め、その人物を待ち受けた。踊り場に降り立つ音。しかしそこで足音は途切れた。恐る恐る上ってみたが、誰もいない。周りにはドアもなく、音の主がどこかへ行けるわけもなかった。
三十階でひと息ついてから友人に訊いてみると、ある者はスーツ姿の男と擦れ違ったと言い、ある者は警備員だったと言う。僕は気味が悪いと思う以前に、新しいビルでもこんなことはあるのだなと妙に感心していた。
近ごろ、トラストタワーという新たな東北一の高層ビルができたらしい。そこへ行ったら、また新しい何かと会えるだろうか。