『何物』/よいこぐま

私は側溝に埋まっていた。目を見開いていた。動く気力がなかったが、這いずるようにして側溝から出た。そして実際に地面を這って進んだ。私は乱暴され、絞殺された。捨てられた際に足の骨も折れていて、歩こうとすると思惑とは違う方向に曲がっていく。体を立て直しては蛸のようにくずおれる、その繰り返しだった。
すっかり日が暮れて夜になっていた。這いずって進みながら空を見上げると、乳白色に曇った視界に、ぼんやりと星が映った。それは今まで見たことがないほど明るく輝いていた。山中だったせいもあるだろう。
また星を見られるなんて思わなかった。
何故だか強くそう感じ、白濁した目から水がこぼれ出るのを感じた。

蜘蛛のように地面を這いつくばり、目ばかりぎらぎらさせていた私はどうにか人里まで下りて来た。一歩一歩、憎しみで自分を奮い立たせながら進んだ。じり、と今一歩歩みを進めると、誰かが息を飲む気配がした。
・・・誰?
弱々しい声で、私の様子を伺うように語りかける。助けてくれる誰かだ、と直感した。
たすけてください、その言葉を言いかけて、顎がまるで動かなければ声も枯れてしまっていることを知る。私は這いつくばった地面から顎を持ち上げて、近付く人を見上げた。
「ひぃぃ」
私を見つめたその人は、声にならない悲鳴を上げた。
私は人を怖がらせる何物かになっていた。

田んぼと電柱、誰も通らないような農道の片隅にぽつんと交番の明かりが灯っているのを見た。交番までどうにか辿り着いた私は、交番のガラス戸に頭をぶつけて、そのまま絶命した。