『長老沼』刈田王

 昔、長老沼の上に「長老寺」という寺があり、この寺の和尚は悪い人で、下にある横川部落の人達を困らせていた。ある日、我慢も限界にきた人々は、一度こらしめてやろうと寺へ押しかけた。和尚は感ずいて、寺から逃げ出し「このおれが死んだら赤べこに化けてやるぞ」と言い残し、沼に飛び込んだ。それ以来五月の節句になると、毎年沼の水面に赤べこが浮かんで、部落の人々を恐れさせた。
 それから何年か経って、白石の殿様の片倉小十郎が、この話を聞いて興味をもち「左様なれば、このわしがその赤べこを退治してやろう」と言い出した。何里もある山道を登って、強い家来百人に皆火縄銃を持たせ、節句の日に沼についた。家来達は沼の周りを取り巻き、いつでも火縄銃を撃てる用意をして、赤べこの現れるのを待った。すると、俄かに水面が騒つき始め、大きな赤べこが浮き上がってきた。「者どもそれ撃てッ」という殿様の命令で、百丁の火縄銃が一斉に火を噴いて弾が撃ち込まれた。と突然、静かだった沼の水面が荒れだし、大きな波がたち、晴れていた空は暗くなり、風は唸りをあげて吹き、空を裂かんばかりに稲妻が鳴り出し、次に玉の様な雨が落ちてきた。殿様も家来も驚き、真青になって我先に逃げ出した。一番遅れてびしょぬれになった殿様は、やっとのこと部落の百姓家に辿り着いて、息を切らしながら訳をいい、家の押し込みの中に隠れた。しばらくすると外で「だれかおらんか」と大きな声がした。家の主人が戸をあけて出てみると、緋の衣を着て、首にピンドロをつるした大入道が立っていた。この入道坊主が「この家に片倉小十郎は来ておらぬか」と言ったので、主人はハッとしたが、心を落ち着けて「ハイ、参りましたが、白石のお城にお帰りになりました」と答えると「そうか、そうか、小十郎めよくよく運のいいやつよ、いらば命はなかったぞ」と言ったかと思うと、スッと煙のように消えてしまった。