『怪談に向かない土地』/板倉リエ

 私の両親は、二人とも出身が福島県の相馬地方である。祖父母も、生まれてからずっとこの地を出たことがない。祖父母や親類に、「何か不思議な体験はない?」「こわい話知らない?」と聞いてみると、みんな口をそろえて、まったくないという。しつこく頼んで話してくれたとしても、私の期待した話でなく、生きている人間がこわい話だったりする。

 そういう私自身、これまで不思議な目にあったことなど無いにひとしい。血筋といえばそれまでである。思うに、このあたりは気候もよく、人も陽気なので、もとから怪談の根づきにくい土地なのではないか。

 そんなことを母に話したところ、母はしばらく考えてから、こんなことを言った。

「そういえば、人が死ぬときに知らせにきた話を聞いたことがある」

 私はすかさず喰いついて、だれから聞いた話かたずねた。すると母は、「いろんな人から聞いた」と言う。

 いろんな人って、たとえばだれのことかと食い下がると、「おばあちゃんも言ってたし、近所の人とか、とにかくいろんな人から聞いた」と言うのである。母によると、亡くなる直前にだれそれが枕元に立ったとか、とつぜん会いにきた人が実は亡くなっていたとか、人それぞれだが、そういった話は、昔から世間話でしょっちゅう聞かされたらしい。

 私の母は、とても現実的な性格である。その母がこんな現実ばなれした話を、さも当然のことのように話すのを聞いて、私はあぜんとしたが、考えてみればそんなものかもしれない。よくある話、とだれもが思っていれば、それはもう怪異でもなんでもないのである。

 母方の祖父が亡くなって半年くらい後のことだが、祖母が遠い目をして、「死んだじいさんがはじめて夢に出てきて、私の名を呼ばった」と言った。私は思わずしんみりしたが、それを聞いた叔父は、ゲラゲラ笑いながら「そりゃ、じいさんが迎えに来てんだべ」と言った。

 とにかく、福島県相馬地方は、東北でも有数の「怪談に向かない土地」であると思っている。