『野狐と私の勝負』/ミッチー芳賀

 昭和20年3月学徒動員で多賀城で働いていた私は、東北本線仙台駅発夜の9時頃汽車で帰宅のため瀬峰駅まで乗った。途中空襲警報も発令され瀬峰着12時頃で真夜中である。
 乗り換え支線の最終汽車も終わり、仕方なく家まで歩くことにした。同じ方面に歩く人は、いないかとホームに降りる人を少し見ていたが一人もいなかった。
 諦めて星空の下、支線の線路伝いに歩き始めた。しかし単調だし、暗いし、話相手がいないから、あまりにも淋しく退屈なので枕木を跳び跳ねてみたり、線路上を歩いたり、線路脇の細道を歩いたりしながら約90分位で線路と分かれ普通の道路に辿り着いた。
 今度は、普通の砂利道を歩き始めて約30分、やっと家に着けるなあと思ったとたん私の周りが真っ暗闇になってしまった。
 ふと我に返ったら何と私は、10数本の太い桑の木畑の中に突っ立っていた。あれ?と思って足元を見ると水が流れる堀ではないか。
 ここには、堀がないはずだと思ったが落ちては大変なので足を持ち上げ、静かに静かにそーと足を堀に下ろした。すると思ったとおり堅い道路だった。ほっとして両足をついた瞬間背中がぞうっとした。私が立った道路の2本の馬車の轍には、青白く点滅する光を出して2本の線となって、重なりあった一杯のほたるが、ずらーと並んで光っていた。
 私は、これは、小学生の頃先生から聞いた昔話を思い出し近くに狐がいると思った。
 そこで急にくるりと後を向き大声で
[ばかやろう」
 と、叫んだ。そうしたら、ぱあっと周りが明るくなり、あんなに一杯光っていたほたるも消えて2本の轍のついた普通の道路が見え、周りも普通の夜の景色に戻った。
 私は、野狐のいたずらに勝ったのである。
 気持ちも晴れ晴れと家に帰った。