『ケデ』/松 音戸子

裸婦像を描くためにモデルに来てもらった。雪のように色の白い女性だった。

 あんまり白すぎて、見ていると寒々してきたから、脱いでいた服を着てもらうことにした。結わいていた髪もほどいてもらう。

 長い髪の毛がはらりと垂れ落ちた時、藁のようなゴミがくっついていたので指摘すると、「これはケデです」と言う。

「私は秋田の男鹿出身なのですけれど、この髪に絡みついているのは、なまはげの腰蓑なんです。蓑から落ちた藁をケデと言うのですが、これを身につけていると一年間健康に過ごせるといわれているんです」

 なんと返答したものか、躊躇してしまう。

「でももう三年も付けたままなので、効果はないでしょうね」

 少しほほえみを浮かべながらケデをなでている彼女の顔は上気したかのように赤みを帯びてきていた。

 キャンバスに向かったものの、私はケデが気になってしようがなかった。鉛筆で二、三本線をひいてみたものの、なんだかすっかり描く気が失せてしまったので、彼女に今日の所は帰ってもらうよう頼んだ。

 彼女は少しムッとしたように顔をこわばらせ、キャンバスを見やると、ぼそりと呟いた。「ケデだけ描いたんだな」

 帰って行く彼女の顔色は鬼のようにどす赤く見えた。

 それから数年経つが、そのモデルは二度と呼ばなかった。ケデを描いてしまったキャンバスは捨てれず、部屋の隅に置いたままである。あの時以来私は風邪ひとつひいていないが、そのキャンバスが恐くてたまらない。