『口寄せ』/千湖

 あたしがまだ小学校の低学年の頃のこと。
 夏休みに、パパとママとあたしで、東北旅行に出かけた。
 温泉の自炊宿なんかを泊まり歩いて、あたしたちはとうとう恐山にまでたどり着いた。
 たくさんの観光客がいて、聞けばちょうど「大祭」だっていう。この時期には、イタコのおばあさんたちが集まってきて、死んだ人の口寄せをしてくれるっていうんだ。
 あたしたちもやってみたいと思ったけれど、どこの小屋も三時間待ちとかなので諦めて帰ろうとすると、岩陰から声を掛けられた。
「わたすでよろすければ、口寄せハすます」
 見れば、子どものように小さなおばあさんだった。あんなところにいて、モグリかもしれないと思ったけど、待たずにすむので、さっそく頼んだ。
「どなたをお呼びすますが?」と聞かれたとき、パパは「死んだ親父」、ママは「母を」、それからあたしは「犬のロッキー」って同時に答えたんだ。
 すると、そのおばあさんは手にした数珠をじゃらじゃら鳴らし、いきなりハッてのけぞって、しゃべり出した。
「…今日ハ遠路はるばるよぐ来でくれた。こっつハ元気でやっているがら心配するな。遠ぐ離れたとごろハいでも、いつでもお前のことハ気にかけてっから。あのごどハ絶対に誰にも言わねがら心配すんな」
 それだけ言うと、おばあさんはまたヒイッと変なしゃっくりのような声を出し、元に戻って「三千円いただきます」と言った。
 パパとママの様子がおかしくなったのは、あの旅行から戻ってきてからだった。「何を隠してるの」「おまえこそ」って、ケンカばっかりして、とうとう離婚しちゃった。
 あたしはほっとした。お隣のマーくんを川に突き落としたの、あたしだって、絶対に言わないって言ってくれたから。だって、見てたの、犬のロッキーだけだったんだもん。