『幸子』/金魚屋

サチコは本当なら、三年で年季奉公があけるはずだった。でもまだ、吉原で客をとらされている。

「おっとうが金をねだってくる。あたしを花魁に売ったくせに」

昭和の時代になっても花魁という言葉は残っていた。人身売買も禁止されているはずなのに不作が続けば、親は娘を売るのである。サチコは東北の農家の八人兄弟の五番目。上の姉は長女をのぞいて皆、売られていった。次はサチコの番だった。

サチコが売れると、おっとうはおっかあに酒を買いに行かせ、サチコが家をでる日まで、ずっと酔っぱらっていた。上機嫌で女の子供がもっと欲しいといった。おっかあが台所のすみで泣いていたのが慰めとなった。

苦界の生活は、その名のとおり苦しかった。客はサチコ達を蔑んでいて、それなのに抱きにくる。唇どうしでの接吻はしないとか、女の世界での厳しい掟もあった。やぶれば八分になった。

そうしてとうとう年季があける前に、サチコは病気になり、寝ついてしまった。サチコの目のまわりは真っ黒で、誰が見ても、もう駄目だった。

女達はサチコが死んでから、サチコがいつも腰掛けていた窓辺に時々酒を供えてやる。コップに注がれた液体は、目をそらせた一瞬の間に減ってしまう。サチコはおっとうが酒を飲むことを厭がっていたが、自身もそうとうな酒飲みになっていた。

知らない客が「窓辺で、こちらを眺めている女を買いたい」と言ってくることがあるが、店の主人は「もっと良い子がいる」といって、他の女をあてがってしまう。