『道ノ奥』/妖介

「だからさ、おれの車で行こうよ」
「おれのって、おまえ、車買ったのか」
「ああ、中古だけどな、格安だったんだ」
「まさか、事故車じゃないだろうな」
「バカだな。新車同然だよ」
「新車同然…じゃあ、なんで格安なんだ?」
「気にすんなよ。カーナビもついてんだぜ」
 そんなわけで、おれたちはみちのくのとある集落に、祭りを見に行くことにした。長らく陸の孤島状態だったが、最近になってやっとトンネルが開通したという。そこで「蟲祭り」が行われる。かなりの奇祭らしい。
 胸を弾ませ、東京から車で出かけた。高速を降りた時には、すでに夜も更けていた。
「三百メートル先、右方向です」
 カーナビが女の声で告げる。言われるままに走ると、なんだか様子がおかしい。ぐんぐん山奥に入っていく。
「おい、このナビ情報が古いんじゃないか」
「ああ。でも心配すんな。いずれ着くさ」
 常夜灯もない真っ暗な山道だ。ときどき月明かりに深い谷が見えた。やがて、ふっとガードレールがかき消えた。相棒もさすがにぎくっとしたのか、急ブレーキを掛けた。
「ああ、びっくりした」
 時計はちょうど十二時だった。月が高い。
 相棒は気にせず発車した。道は未舗装になり、ひどく細くなり、おれは緊張のあまり、気が遠くなるように眠りこんでしまった。
 がくんという衝撃で目を覚ました。
「ああ、びっくりした。」と相棒。見ると、ガードレールが切れていた。時計を見れば十二時、月が高い。そんな……。道の果てから無数の松明が近づいてくる。助かった、と思ったが、それはライトに光る虫だった。
 あれからずっと走っている。行けども行けども山道。時は刻まず、月も傾かない。
「おい、この車、どういう履歴なんだよ」
 相棒は、薄笑いを浮かべて言った。
「聞かない方がいい。訳ありで格安なんだ」