『村ノ面』/妖介

 満月の晩に隠れ神楽がある、と聞きつけ、ぼくらは、なけなしの金をはたいて、陸奥のその村に行った。差し障りがあるから村の名は伏せる。民俗学の調査だ。本来なら村人と親しくなり、心を許してもらって入りこむのが筋だが、ぼくらは待てなかった。黒いシャツに黒ズボンで、神社の森の木陰に潜んで、じっとその時を待った。
 しかし、何も起こらなかった。あの情報はガセだったのか。その時、先輩が言った。
「こんなところまで来て、手ぶらで帰るなんて。神楽面だけでも拝んで行こうぜ」
「でも、村の人が見せてくれるかな」
「勝手に見るんだよ。もしも火事にでもなったら、それが唯一の記録になるんだぜ」
 おかしな論理だったが、誘惑には抗えなかった。みな安月給の研究生だ。こんどいつここまで来られるか、わからない。
 月明かりのなか、僕らは神楽殿の脇の建物の扉をこじ開けた。ビンゴ。そこには神楽の衣装と古い大きな箱があった。箱には紐がかけられ、複雑な結び目があった。ほどいたら二度と元には戻せそうにない。先輩は「面倒だな」と言うなり、ナイフで紐を切った。
「そ、そんなことしていいんですか」
 先輩は答えずに、黙々と箱を開けた。
 そこにあったのは土の面。縄文の遮光器土偶そっくりの面だった。先輩はそれを自分の顔に当てた。と、いきなり「うっ」とうめき、顔から面をはがそうとしたが、はがれない。
「大丈夫ですか、先輩」
 手伝おうとすると、思わぬ力で投げ飛ばされた。先輩はしばらく面をはがそうと床を転げ回っていたが、やがて獣のように叫び、外へ飛び出したかと思うと、人間とは思えない速さで森の奥へと消えていった。
 東京に戻ると、驚いたことに、先輩は一足先に研究室に戻っていた。旅のことは、何も覚えていないという。そしてぼくに訊ねた。
「きみ、こんどの満月、いつだっけ」