『道』/沼利 鴻

 高台に上ると、少し先に蛇行した道が見える。叢林のその部分だけがぽっかり拓けていて、林から林へと縦断している道だ。剥き出しの赤茶けた地肌に一本の白い筋が川のように通っていて、チョークでも使って描かれたかのように平面的に見える。何処から来て何処へ行くのか分からない。辿り着く事もできない。

「夜にあの道を見てはいけねえぞ」

 祖父は二十年前、私にきつく言い渡した。小学生だった私は、じゃあ昼ならいいの?と祖父に訊ねた。祖父はにっこりと頷いた。

 私は今、その約束を破ろうとしている。あの日も丁度今頃で、残雪がI山の青にくっきりと映えていた。

 私にとってここは、後悔の場所となった。私は禁忌を破らなかったが、T君は破ってしまった。いや、私がそう仕向けたのだ。

「怖いの?弱虫」

 喧嘩だった。何とか相手を負かそうとして、私は道の話をし、得意げに言い放った。

「ボクは夜に一人で見たんだぞ」

 その翌朝、T君は死んだ。母親が起こそうとして布団を剥いだら、冷たくなっていたのだそうだ。妙な事に足が泥で酷く汚れていて、一時は警察がT君の家に来たりしていたが、結局病死だという事だった。

 私は震えた。

 T君は夜の道を見たから死んだんだ。ボクが話してしまったから…。

 二十年経って、私はやっと決心した。それとも耐えられなくなったと言うべきか。

 日は段々と翳っていく。春の風は身を切るように冷たい。

 と、道の向こうからT君が歩いてくる。あの頃のままの姿で。両手を私に向けて高々と振っている。私も手を振り返した。気付いたら泣き叫んでいた。T君は空を指差し、それから追い払う仕種をして、背を向け林に消える。夕闇に、道がぼんやり続いている。