『女のありかた』/虹かずい

 妻の仏壇の前に座る。15年前の笑顔がそこにある。
 ふと、死の直前の、あの憎悪に満ちた妻の顔を撮っておけば、この女の遺影にふさわしかったか、と思った。
 私の実家は、東北の旧家で、広大な山林を保有する金満家である。子供のころからお手伝いたちに坊ちゃまと言われて育ち、父親にも愛された。
 が、次男として生まれた私は、兄に家をまかせて、東京に出てきた。
 以来、22年。東京郊外に建てたこの家を、私は、終の棲家と感じたことがない。
「私の家」とは、今も東北のあの旧家である。男は偉く、女は卑しい。私にそう教えてくれた父がいて、連綿と続くその家風が根付いた、あの家だ。
 会社でも家庭でもこの頃の女は自己主張をし、自立などと嘯く。私の母も、一度だけ、女の自立を口にして、父から激しく折檻された。父は言った。「女は三界に家なし」と。
 欲界、色界、無色界。すなわち全世界のどこにも女の居場所などない。だから、しかたなく男が女を養ってやっているのだ。
 私は、顔をあげ、妻の遺影を眺める。
 妻は、事故死ということになっている。そうでなければ、私は、実家から不名誉だ、と罵られる。私は、ただそれだけを恐れた。
 妻は私の会社に来て、首を吊った。偶然、第一発見者となった私は、死体と証跡を隠し、家に運び、居間の梁にロープの痕をつけ、そこで死んだように偽装した。
 警察は何も疑わず、秘密も洩れてはいない。
 最近の女は堪え性がない。母などは生涯、家に縛りつけられ、誰にも迷惑をかけずに静かに死んだ。貞女の鑑である。
「女は三界に家がない。くちごたえするな」
 15年間そう言い続けた私にあてつけるように自殺したこの女とは、やはりできが違う。 
 そう思いながら、私は席を立った。