『Матрёшка』/Don.Thank U

「やァやァ良く来てくれました」
 出迎えてくれたのは私の友人、シヴォルスキ伯爵だ。伯爵は生粋の露西亜人にして、世界有数の収集家でもある。煉瓦造りのペチカに薪を投げ入れると聴こえる炎の音は、丁度開幕の拍手のようだと二人で笑う。
 広間の四方、壁はぐるりと縄目のように棚板が嵌め込まれている。伯爵は露西亜人のクセにウォッカよりもジンを好む。君も一杯やりたまえと、赤ら顔で私に淵の濡れた小瓶を差し出すのだ。
 棚には、右から左へぐるりと大中小の順番で、もしくは左から右へぐるりと小中大の順番でマトリョーシカが並べられている。あるものは原色で、あるものはまるでLSDの幻覚のような極彩色でずんぐりむっくりの人形達。
「我が国の名物の発祥が、ニッポンの入れ子人形であるとはあまり知られていない。なぁ、君の祖国の雪は、吹くのではなく、降り積もると聞いているよ。雪ばかり眺めている人間だから、同じようなものを愛するのだろうか」
 伯爵は茶褐色に汚れた紙箱を、注意深く棚から下ろした。蓋を開けると、中には、黒髪和服のマトリョーシカ
「正確な年代も、経緯もわからないがね、これが我が国にやって来た一番最初の入れ子人形じゃあないかと思っている」
 伯爵は、少し笑って、朝食の卵を割るみたいな手つきで示して見せた。
 一つ剥いては赤黒い線維が敷き詰められて、もう一つ開けると白黒の骨格。さらに外すと五臓六腑が広げられ、終いは食い終わった葡萄の房のような血管と、胡桃状の脳味噌か。
「もちろんそれらはディフォルメされた絵なんだが……どうにも、その縮尺がね、あまりにも緻密過ぎるんだよ。当時の君の国では解剖学はおろか肉食ですら禁じていたそうじゃないか」

 ペチカの拍手は、まだ続いている。