『天袋の中の箱』/井巽十予樹

 天袋の奥に木箱があって、蓋を開けると頭の骨が入っていた。饐えた藁のような匂いがした。それはちょうど赤ん坊の頭ほどの大きさだったが、鼻から口にかけての張り出し方から、猿の頭蓋骨だと思われた。今から三十年ほど前、中学校に入ったばかりの頃のことだ。その部屋は私の生家のほぼ真中にあり、不規則な五角形をしていた。広さは三畳に満たなかっただろう。どうしてこんな妙な形の部屋ができたのか、天袋の中に何が入っているのか、当時両親や祖母に聞いてみたことがあったが、答えは要領を得なかった。あまりしつこく聞いて、なぜかひどく叱られたことをよく覚えている。この部屋のことに触れてはいけない、それはわが家の暗黙の決まりごとであった。だから天袋の中の箱のことも黙っていた。それから十数年が経って。

 つい数分前の記憶が覚束なくなった祖母は、半世紀以上も前の子どもの頃のできごとを、まるで昨日のことのように語るようになった。二番目の兄に「お前など生れなければよかった」と言われたこと。末の妹に「友達の前で話しかけるな」と言われたこと。椀の中の汁の具がいつも自分だけ少なかったこと。ひとり馬小屋で寝かされた夜のこと。そして、耳朶の裏側に残る押しつけられた煙草の痕。祖母は目を剥いて唾を吐きながら、親兄弟への恨みを、誰彼の見境もなく訴えた。

 やがて身体も弱って歩くことができなくなると、祖母は五角形の部屋に床をとって終日横になっていた。ある夏の日の夕方、母に頼まれてその部屋に様子を見に入った。祖母は落ち窪んだ目で私の顔をじっと見ていたが、視線を天袋のあたりに移すと「あそこに神様がおる」と言った。親兄弟たちが不幸になるように、自分が盗ってやったと醜く笑った。

 ほどなくして祖母は死んだ。火葬場で骨を拾っている時、まるで猿のようだと誰かが呟くのを聞いた。家に帰って天袋を開けてみると、木箱はあったが、骨は入っていなかった。