『春』/貝原

ある日、電話がかかってきました。出ると、知らない女の声で「春の息吹」とだけ言って、切れました。親機の表示を確かめると、見慣れない市外局番です。調べてみたら、岩手県遠野市でした。知人などは誰もいない土地です。まちがい電話かしらと思っていると、また電話が鳴りました。同じ番号です。出ると、同じ声で「お宅の庭」と言って、切れました。すこし待ちましたが、もうかかってきません。不審に思いながら、荒れ気味の庭に出ました。庭木の陰に、真白いツクシがひとかたまり、うっそりと生えていました。シャベルでツクシごと掘り起こしてみると、土塊から練乳みたいな白いのがじくじく滲みだしています。さらに掘ると、シャベルが固い何かに当たり、青みがかった円いお皿のようなものが出てきました。ひびの入ったお皿の円周には黒い毛がこびりついています。半年前にこの借家に越してきましたが、昔は河川の氾濫が多かったと聞きます。『河童の皿!?』でネットオークションにノークレーム・ノーリターンで出品したら、三百円で落札されました。落札から数日後、代金・送料分の古い小汚い切手が送られてきました。商品の発送先は岩手県遠野市でした。『レア切手!?』で出品したら、二千円で落札されました。