『待ったなし』/佐手英緒

「河童」から「相撲」、「相撲」から「国譲り」の連想が、この山陰を舞台にした一大ファンタジーへと実を結びつつあるんだ!
 同人仲間の南方さんが僕の部屋を訪れた。興奮のためにその頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。そして創作ノートを手に熱弁をふるう。
 彼の構想はこうだ。今日的な問題、過疎に悩む村と移民の集まった集落の二つの共同体を設定し、これらの間に生じる軋轢と抗争を国譲りの神話になぞらえる。やがて抗争は深刻化し、いくつかの衝突を経て、最終局面を迎える。それは、僻村の老人たちが河童の大将を味方に引き入れ、移民たちが自分たちの信仰する邪神を召喚し、二体のモンスターによる相撲にて勝敗を決するというものだ。
 はじめはその荒唐無稽な内容を鼻で笑った僕だけど、なおも南方さんが熱く語るうちに変な気分になった。彼が最高傑作と信じる、この作品の世界観が素晴らしく感じられた。
 卒然として気付いた。この作品を完成させるには、僕の感性こそが必要なのだ、と。俺が書くほうが絶対に面白くなる、と。
 この作品を奪わねばならない。なにか大きな意思に急き立てられるような気持ちになり、使命感が全身を貫く。そして俺は決めた。
 決断から行動までは早かった。俺はコーヒーを淹れると言って台所に立ち、湯気をあげる炊飯器を抱えて、興奮する南方の背後に近付いた。奴は溢れ出るイマジネイションを吐き出すのとそれらをノートに書きつけるのに夢中で、俺の行動にまったく気付かない。
「ところで」炊飯器を高く持ち上げた。
「最後の大一番、河童と邪神の相撲対決は、どちらに軍配が上がるんだ?」
「そりゃ、もちろん……」ふりむきながら答えかける南方の頭に、力のかぎりに炊飯器を叩き付ける。炊きたての飯が飛び散った。
 死人の手から俺の創作ノートを取り上げる。大丈夫。思ったより血飛沫は飛んでない。
 これでこの物語世界は俺のものだ。