『群青心情』/ノラ

 脈脈と連なる三陸海岸の険しい岸壁は、この世ならざる景観から浄土と形容されている。
 その日も鋭い輪郭の岩で砕けた波が花びらのように散り、その花を含んだ湿った風がどこか鉄臭さを孕んで吹いていた。
 私は軽いドライブがてら国道●●号線をどこか目的地を定めるでもなく車を飛ばしていた。真っ青な空はどこまでも開放的で、今日は何かを始めるには良い日だ。そう思わせてくれた。
「良い天気ですね」
 途中、海岸線の見えるパーキングエリアで一休みしていた私に男性が語りかけてきた。
「本当、何かしないともったいないような」
「そうですね。私も そう 思います」
 男性は銜えた煙草から出る紫煙を噛み締めるように吐き出すと、ふと微笑んで、視線を岸壁に移した。
 一言二言、言葉を交わした後しばらく車を走らせ、口寂しさから煙草の補充にと途中にある食堂に入った。
「いらっしゃい、あらお客さん通行止めさなってながったすかい」
「?いいえ、特に止められなかったですが。あ、タバコあります か?」
「あぁ、あるよ。…そんだら運良がったんだわ。今さっき仏さんあがってさ、ちょっとした騒ぎなってだんだわ」
「仏さん…というとまさか」
「この辺は名所なんだわ。高い絶壁あんでしょ、間違いなく死ねるってなぁ」
 そういえば聞いた事があったかもしれない。
 まさかそれで浄土と呼ばれているわけでもあるまいが。
「不思議と必ずこんなスパァッと晴れた日なんだわ。他所から来たような人が他愛ない世間話して、タバコ一箱買ってぐのな。」

 それが 合図だ と

 何かを始めたくなるならば、何かを終わらせたくもなる。まさかと思いつつも先ほど出会った男性が頭を過ぎった。
 しかし、


 何よりもそんな気持ちを見透かされた私は自分の形を確認するように、地につけた足に力をこめた。