『浴衣の君』/八本正幸

「すごいのが撮れたぞ」と言いながら、佐島は一枚のディスクを差し出した。「未編集なんだけどな、真っ先におまえに観てもらいたかったんだ」
 私はそのブルーレイをデッキに入れ再生ボタンを押した。佐島はこのスタジオと提携する制作会社のカメラマンで、今回は自分の作品を撮りたいのだと、以前から関心が深かった遠野地方への撮影旅行に行っていたのだ。
 画面に映し出されたのは、写真集などで見覚えのある遠野の風景だ。行ったことはないのに、どこか懐かしい。
 だけど、どうも妙な印象だ。全体が深みのある青緑色に染まっているような不思議な画調なのだ。
「処理はしてないぜ」佐島は言った。「遠野は空気の色が違うんだよ」
 やがて画面に、山間にあるひなびた墓地が映った。水木しげるの点描画にでも出て来そうな風景だ。
 カメラはその墓石をぬうように進んで行く。
 と、ふいに画像が乱れたかと思うと、苔むした墓石の蔭から、浴衣を着たおかっぱ頭の少女が現れた。子供というより、やや大人の色香がある。その少女がこちらを見て微笑んだ。華やかな笑顔なのに、なぜか心の底が寂しくなるような、そんな笑顔だ。
 そこで画面はハレーションを起こし、途切れた。
「いいだろ?今度あの娘を使って短篇映画を撮ろうと思うんだ。彼女とも約束した」と自慢げに言う佐島に、私は言った。
「よせよ、おまえの顔、半分見えなくなってるぞ」