『散る散る満ちる』/八本正幸

 最近みちのくを中心に、こんな歌が流行っているという。
「散る散る満ちる 紅い花
叶わぬ恋に泣きながら
闇に咲かせる 忍び花
そのひとすじの血しおで染めた
糸で紡いだ纐纈の
花嫁衣裳を誰が着る」
これは、許されぬ恋に悩んで自殺した大正時代(昭和初期とも戦中とも言われる)の女性詩人の詩に、子守唄風のメロディをつけたもので、曲は地元で活動していたフォーク歌手によってつけられたとのことだが、定かではない。その作曲者も、譜面を残して失踪したとも精神病院にまだ入院中だとも言われているが、残されたのは譜面ではなく録音テープで、作曲者の歌手の声の他に、悲しげな女の声が聴こえるのだという説もある。
 そんな曰く付きだから、これは呪われた歌だという風聞が広まるのに時間はかからなかった。しかしあくまでも伝聞として流布したものであり、誰もオリジナルを正確には知らないわけだから、様々なヴァリアントを派生させることになった。ある時はアマチュア・フォーク歌手のコンサートで、ある時はカラオケボックスの片隅で、またある時は小学生校の替え歌に乗って、歌詞やメロディが微妙に違う歌が巷間に広まって行ったのである。そしてその過程で、元歌を正確に歌ってしまったら、悲惨な死を招くという噂を生むに至った。
 こうした歌にまつわる伝説とは別に、もうひとつの気味悪い噂が囁かれるようになったのは、比較的最近のことだ。ある旧家の土蔵から、歌に謳われた紅い花嫁衣裳が見つかったというのだ。そして当然のように、その衣裳に袖を通した女性は、全身から血を流して死ぬのだとも、出産の時に出血多量で死ぬのだとも伝えられている。そう、君が今試着している、その着物だよ。