『龍泉洞のヌシさま』/五十嵐彪太

 水の底で、女の子が鞠つきをしていた。輝く鞠が、ぽむぽむと跳ねている。女の子は、私の視線に気がついたらしい。上を見上げて首をかしげた。
――こっちへ来る?
――行ってもいいの?
――ヌシさまに聞いてみる。
 鞠に触りたい。どんな触り心地だろう。行きたいな。でも、あそこは水の中。
 誘ってきたのは、あの子だもん。呟くと、もう水底にいた。
 鞠は、うまく弾まなかった。悲しくなって見上げると、水面の向こうにこちらを覗く家族の顔がゆらゆら見えた。お兄ちゃんに手を振ったけれど、振り返してはくれない。わたしのこと見えないの?
――ヌシさま、あの人間です
 女の子が龍を連れて戻ってきた。
――此処がどこだかわかっているか?
 低く穏やかな声。龍って恐くないみたい。
――そんなことわかってる。水の中でしょ
 かわいくない言い方だな、と思った。でも龍は、やさしく笑った。
――お前は、もう人間界には戻れん。この子と二人で、私の世話をしながら水を守るのだ
――そんなの聞いてない!
 叫んだら、途端に苦しくなった。口に、鼻に、水が流れ込む。肺が水でいっぱいになっていくのが、わかる。助けて、助けて。母さん……
――ふん、久しぶりの娘だったのに、外れだ
「いつまで覗き込んでるの?」
 母さんに肩を叩かれた。
「龍は、やっぱり恐ろしいよ……」
 また変なこと言ってるな、と父さんに笑われた。
 龍泉洞を出て、スカートのポケットに手を入れたら、水晶の珠がひとつ入っていた。鞠だ。あの子がくれたんだ。鞠をわたしにくれること、ヌシさまはよく許してくれたね。