『エズ』/まるす

 一昨年亡くなった花巻の祖父から、子供の頃に聞いた話です。


『けつぁオラがまんだ、おめえくれだ時(ずぎ)の話(はなす)。われ一人こで魚釣りはすて、はっぱど魚ッコ獲れねぐで、針ばり三本も取ってがれで、もじゃげで夕方(ばんかだ)家(え)さ帰(け)るどごだたのす。
 蒼(そう)前林(じぇんばやし)の細け道さ、でっかぐ張らさってらエズべったり顔(つら)さ付いでまったのす。
 エズたら“蜘蛛の巣”よ。
「じゃじゃ!」て、顔(つら)すかめすてネパめぐの取るずど「はあ!でっけ獲物(もん)掛がたじゃ!」
て声すたおん。
 たまげで顔ッコ上げたれば、向かいのほっつから覚(おべ)ね兄(アン)コ笑うで寄って来で
「生き物は皆一生懸命。命懸けだのす」
 そだふに語(かだ)って、柿ッコ一つ付出(つだ)すたおん。
 オラ当惑(とはぐ)すてらば、兄コぼっと何か気い付いだふで「じゃじゃ、けつぁ上手ぐ無(ね)ど。オラはあ行ぐじぇ」そ語ってオラの手さ柿ッコ握らしぇで、オラさきた来たった道ぐっぐど駆げで行って、そんま見えねぐなったのす。
 オラせえづたんだ見でらったのす。するずど強(つ)え風(かじぇ)ドウッど背中(しぇなが)がら来で、あだりほどりの木ズザザーッど一時(いちどき)に暴(あら)ばしぇで、オラ追い越(かっと)すてたおん。
 せずあはあまるって誰が風さ乗って兄コぼったぐってらふで、オラおっかなぐなってパッてまわれ右すて、家さ向がって駆げたんす。
 すたれば、そんまエズさ顔突っ込んでまったのす。すたども今度はあ構(かが)ってらえねじゃ。
しゃにむに駆げで家さ帰ったのす。
 晩に湯ッコさ入(へ)って、あだこだ思い出(あずだ)すてらったら、兄コ通ったばりで、なすてエズ張ってらったんだべかあ、ひょんだねぇあつど、思たんす』

 こんなお話でした。
 今も実家の庭にある柿の木は、その時の種を蒔いたものだそうです。