『枕』/大河原朗

 座敷童が出たりしますか、と戯れに訊いてみた。
「うちは○○さんと違いましてね。もし座敷童がいたら、こんなみすぼらしい宿にはなっていないでしょ。お客様、もし見つけたら引き止めておいてくださいな。おほほ」
 急に訛りがきつくなったので半分も聞き取れなかったが、おそらくそういう意味の言葉だっただろう。いえいえけっこうなお宿ですよ、と懐から寸志を取り出して渡す。仲居さんは深々と頭を下げてからふすまを閉じた。
 八畳の和室は年季が入っていて柱も天井も深い色合いになっている。床の間には、地デジ対応の黄色いシールが貼られたままの小さな液晶テレビとやはり小さなヒーターが置かれていた。よく見るとヒーターの陰には、朱の映えたこけしが一体鎮座していた。私はほくそ笑みながらかばんを部屋の隅に置いた。
 しかし、枕が低い。
 宿の造りには概ね満足したが、この枕はダメだ。ちょっと高級な座蒲団ほどの厚さしかない。柔らかさより高さが欲しい。
 布団に入ってからもう随分経つのに枕の低さに輾転反側、旅の疲れがあるというのに、一向に眠りに落ちる気配がない。
 何かないか?
 ついに我慢できなくなり、私は枕の代わりを求めた。目を閉じたまま、布団のなかから周囲を手探りする。畳の目を走っていた指先にこつんと感触があった。かばんか? すかさずそれをがっと掴む。頭の下に無理矢理引きずり込み枕にした。すべすべ、ひんやりして、気持ちが良い。まるで人肌の……。
 気付くと朝だった。妙にすっきりした頭で部屋を見回す。かばんは部屋の隅に置いたままだ。昨晩のあれは何だったのだろう。
 布団を片付けに来た仲居さんに、座敷童が出たりしますか、と再度訊いた。最初とまったく同じ言葉が返ってきた。