紅 侘助『勿来哀歌』

其は怨嗟には非ず、哀願なり。
 其は呪詛には非ず、切望なり。
 我が切なる聲を聞き届け給え。
 大いに時は経り、蕨手の柄に手を掛け汝等に刃を向ける者、弓弦を引きて汝等に箭を放つ者、此の時勢に於いて一人として無し。
 逆賊とて悪路王なる字を負わせられし阿弖利爲も、母礼と共に既に亡く、今再び胆沢、巣伏にて荒振ること能わず。
 俘囚と称され帰服を強いられたる安部、清原の一党も舘を失する事幾久しく、後を受けし藤原の主は金色の栄華と共に社に眠る。
 彼の者等、地勢を誇れども、人頭得物共に劣るを善く心得乍ら命を賭して戦い抜くは、偏に己が郷里を守り抜かんと欲すればこそなり。領土を拡充せんと攻め侵す為に非ず。
 汝等の同胞も我等が祖も、既に刃を交えようにも振るう腕も無く、等しく骨血合い混じりて地涯の土壌を為し別つ事能わず。各々手を携えて永劫の眠りに就くばかりなり。
 最早互いに干戈を交える理など無し。努々疑う事勿れ。怪しむ事勿れ。
 我独り来たるは我等が想いを伝える為なり。我は寸鉄身に帯びぬ一介の使者なり。
 汝等が口より出る言の葉に魂の宿ると云うは能く知る処なり。其は我等も同様なり。
 汝等所領を護らんと欲し、彼此の境に関を設けるは故在る事と得心す。然れど、な来そと名付くは慈悲も無し。如何なる仕打ちや。
 既に関其の形失えども、此の地に籠められたる言霊に、道を遮られるを只哀しみ嘆く。
 其は怨嗟に非ず呪詛に非ず。哀願なり切望なり。乞い願わくば我をして疾く通し給え。

 彼方より飛来した真白き鳥は、見えぬ障壁へと激突し宙より真逆に地に堕ち果てる。
 桜吹雪がはらはらと舞い落ち、瞬く間に血反吐を吐く亡骸を薄紅の花弁で覆い隠す。
 その魂魄を遙か北の地へと追い放ち、姿無き百二十五の守人はただ密かに謡い続ける。