紅 侘助『再会の海辺』

 こんな大時化の晩には、大量のブリコが浜に打ち上げられ、波打ち際を朱に染める。その砂浜を大勢の影が彷徨い行く。
 土地の者ではない。水産資源保護のため、浜に打ち上げられたハタハタの卵の採取は、密漁として取り締まりの対象となる。地元漁民が禁を犯すはずなどない。
 明かりも灯さず、一言も発することなく海辺を彷徨う影の群れは、奥羽、出羽、真昼、神室の山並みを越えて男鹿へと押し寄せて来た者たちである。ある者は肩口から垂れ下がる腕を引き摺り、またある者は失った足の代わりに懸命に両腕で砂を掻いて前へ前へと進む。五体満足な者は数えるほどしかいない。
 その何れもが女性である。白髪の老女。黒髪振り乱す壮年の女。化粧の崩れた亜麻色の髪の乙女。稚い幼女たちも入り交じっている
 女たちは荒波などものともせず、波打ち際に雪崩れ込む。手のある者は鷲掴みにし、腕のない者は犬の如く食らい付いて、次々とブリコを貪っていく。波に煽られ、強風になぎ倒されても止まる気配は微塵もない。
 ぶちゅり、ぷちゅ、じゅるる、という音がそこここで上がる。一心不乱にブリコを喰らう女たちの口元は、オレンジ色の粘液にまみれ、その顔は壮絶な妖しさを滲ませている。
 やがて東の空が白み始め、荒れ狂っていた海が嘘のように穏やかな表情を取り戻す頃、女たちは浜辺に身体を静かに横たえる。老いも若きも幼きも、その腹部は大きく膨らみ、今にもはち切れんばかりである。
 無言だった女たちは、ようやく口を開く。大きく膨らんだ腹を愛おしげに見つめつつ、「お帰り」「よう戻ってきた」「またあえたね」「会いたかった」と優しく語り掛ける。
 曙光差す浜辺で、女たちは満足げな表情を浮かべ、一人、また一人と、淡く儚く大気の中へと溶け込み、その場を去りゆく。
 穏やかな朝を迎えた浜辺に「ほぎゃあ、ほぎゃあ」と微かな産声だけが谺している。