いわん『思い出』

幼い頃の記憶である。
僕の家は、東北地方の片田舎にあり、地元ではそれなりに大きく、お手伝いさんが何人もいるような、いわゆる「旧家」だった。
でも、お手伝いさんの多くは、父や母、親戚を助けるための人たちで、僕の遊び相手にはなってくれなかった。年の離れた兄は、家の跡継ぎということもあり、将来を嘱望され、家族の扱いも次男の僕とはあからさまに差があった。いい意味でも悪い意味でも「古い家」だった。
あれは小学校に上がる前くらいの頃だったろうか。一人寂しく家の縁側にいた僕に、声をかけてくる少女がいた。おかっぱ頭の小さな女の子。おそらく、お手伝いさんの子供か誰かだったのだろう。そのあたり、おおらかな時代ではあった。
「どうしていつも一人なの?」少女は僕に聞いた。僕は、昔から一人だからだよ、と答えた。実際、同じ年頃の人ともどう接すればいいのかわからなかった。家族に対してすら顔色をうかがって接する嫌な子供だった。でも、その娘は、僕のそんな態度を気にする事もなく、「じゃあ一緒に遊ぼう」と、気兼ねなく声をかけてくれた。そして家の座敷や蔵でよく遊んだ。しばらくの間、僕にとって、心の底から楽しめる友人は彼女だけだった。

その彼女が、ある時、急にこんなことを言った。「ごめんなさい」と。「都合で、遠くにいくことになったの」彼女は言った。
「さよなら。今まで楽しかったわ」彼女は僕に向けて、寂しそうに掌をひらひらさせた。僕は黙って手を振り返した。彼女がいなくなるのは寂しかった。引き止めたかった。でも、僕はその気持ちを口には出せなかった。

僕の家の身代が傾きだし、離散し始めたのは、ちょうどその頃からだったように思う。