あまんじゃく『絵の中の池』

 出張でしばしば訪れる宮城県T市でのこと。常宿が満室だったので仕方なく泊まったHホテルの部屋には、壁に不釣り合いなほど大きな絵が掛けてあった。まさかお札でもと思いひっくり返してみたが、魔封じの様子はない。絵には蓮を浮かべた池が描かれていて、遠くに山の稜線が見える。見ていて気分の悪い絵ではない。私は気にしないことにして眠りについた。
 夜半を過ぎた頃、私は水音で目を覚ました。ぴちょん、ぴちょんという音は水琴窟のように反響して聞こえる。ぴちょん、ぴちょん、ぴちょ、ぴちょ、ぴちょぴちょぴちょぴちょとどんどん水量が増えてざーっという奔流になったところではっきりと覚醒し、絵の中の池から水があふれ出していることに気付いた。水嵩はたちまち増し、狭い部屋は絵の中の池とひとつづきになった。流れてきた蓮がするすると茎を伸ばしていく。重たげな蕾がぽん、という鼓を打つような音をたてて開き、辺りが馥郁たる香りに包まれる。ぽん、ぽん、と次々に花が開き、大きな花が
あちこちで揺れているのが見える。小舟のように浮かんだベッドから下をのぞき込んでみると、蓮の葉の裏を大きな魚が音もなく周回している。銀色の鱗がきらきらと光っている。よく見ると大きな魚にしたがって泳ぐ小魚たちが無数にいる。魚群はすごい早さで泳いでいたが、こちらに近づいてきて徐々にスピードを緩めた。大きな魚がぎょろりとした目で私を見ている。魚に睨まれたのだと悟った瞬間、気が遠くなった。
 気がついたとき、部屋にはなにも異常はなかったが、床に置いた靴はぐっしょりと濡れていた。