totukunijunin『かけ声』

「よ〜い、よ〜いとな〜」というかけ声とともにねぶたが一台ずつ出発する。龍、アニメヒーロー、歌舞伎の一場面など意匠を凝らした山車が続く中に、明らかに素人の手作りと思われる小ぶりなものがあって、「いかのおすし」と書いてあるのが目を引いた。
 引いてゆくのは幼稚園の先生と園児たちらしい、十人ほどでかわいらしいねぶたを引っ張ってゆく。「よ〜い、よ〜いとな〜」
 何となくそのあとをついてゆくことにした。
 前後を大きなねぶたに挟まれた「いかのおすし」 「沿道から声がかかると園児たちは手を振り、「よ〜い、よ〜いとな〜」と声を張り上げる。
 歩いてゆくうちに、熱気が冷めてくる。沿道の人影が見えなくなり、かけ声も聞こえなくなる。前を行くねぶたの灯が遠のく。「もう少しがんばって」と先生が励ます。 どんどんあたりが暗くなる。見えるのは「いかのおすし」の灯だけ。不安になって振り返ると後ろに来ているはずのねぶたが見えない。
 「あと少しよ」 先生の声が「いかのおすし」を引っ張ってゆく。道はいつしか下りになり、草の中を進んでいる。おかしい。けれど、足が止められない。「いかのおすし」に引かれて進んでゆく。
 水の流れる音がする。川岸に来ていたのだ。「いかのおすし」が水に浮かぶ。「さあ、あなたも行きなさい」先生の腕がのびてくる。園児たちが取り囲む。「さあ、早く」先生がぐいと引っ張る。「向こうでみんなが待ってるわ」 園児たちが背中を押す。必死に足を突っ張り、腕を振りほどこうとする。口がうまく動かない。声が出ない。声が。声。かけ声。「よーい」やっと声が出た。「よーいとなー」 思い切り腕を振り、その場にしゃがみ込む。
 どのくらいの時間が経ったのか、月明かりの中には何もなかった。