坂巻京悟『奇壁』

 外を歩いていると、不思議な壁が現れるようになった。色は白だったり、緑だったり、紫だったりする。害意みたいなものは感じられないので、すぐ存在に慣れた。
 きっと余りにも見渡しが良く、すかすかになってしまったからだろう。人はいつも遮蔽物の中で生きている。隠して欲しい、隠されたい。そういう願望が聳える壁を呼び出したのだ。
 指で触れることもあるけれど、普段はもう見飽きたという振りを決め込んでいる。壁なんだから、そこを突き破って進もうとは考えない。自然を装い、さりげなく迂回していく。世間の人達もやっぱりそうしているらしい。確認を取ったわけじゃない。飽くまでも想像だ。
 時折、壁の袋小路で休んでいる人を見付ける。気軽に声を掛けられない雰囲気が漂っている。多分、周囲の壁と同じ扱いをされたがっているのだと思う。少しすれば、そこから出てきてくれるはずと信じる。
 一度だけ間近で閉じていく袋小路を眺め続けてしまった。その意味が判っていたなら、もっとできることもあったかもしれない。左右の壁が無音で折れ曲がり、観音扉のように合わさっていき、そこは四方を壁に囲まれた不可侵の結界となった。表面は真っ平らだ。継目の跡さえ残ってない。中の人はどうやって脱出するつもりなんだろうと首を傾げ、やがて脱出の必要がないんだという答に至り、ぞっとした。
 今でも街に屹立している。二メートル弱の四角柱。
 瓦礫の下に埋まっているのは――――。