かもめ『ウミネコ』

 午前十時から秋刀魚祭りが催されることになっていた。腕時計を見る。午前九時。ぼちぼち人々が姿をみせていた。煙草を咥えた。ほぼ、準備は出来ていた。会場は海から五メートル。そう。五メートル道路が海と会場を隔てているだけだった。
(ウミネコの数が多いな……)
 港に浮かぶ秋刀魚船上を旋回していたが、今は会場に集まる人々の頭すれすれを飛び、中には羽根で頭を叩かれる人もいた。そのたびに歓声? が湧き起こる。それを見て厭な予感に顔を顰めているのは地元の我々だけで、被害を受けている観光客は、予想外の初体験に喜色満面で、はしゃぎまわっていた。携帯を構え、ウミネコの急接近を激写してははしゃいでいた。午前十時。炭火による秋刀魚焼きサービスがはじまった。人々は列を成し、焼き上がった秋刀魚を手にテーブルに移動する。ほぼ満席状態になったころだった。秋刀魚をテーブル上に置いたカップルが写真を撮ろうと立ち上がる。その瞬間だった。舞っていたウミネコが一気に群れ、急降下してくると席を離れたカップルのテーブルを急襲し、秋刀魚はアッという間に鋭い嘴に攫われる。が、餌を得たのは数羽に過ぎず、ありつけなかった百羽以上のウミネコが全テーブルを次々に襲っていく。中には手を嘴に刺され、血を流す人もいる。私は数人を引き連れ、ウミネコを追い払う。人々が嗤っている。その嗤いはウミネコを追っている私たちに向けられているようだった。怪訝な顔で人々を注視する。ウミネコが卓上の秋刀魚を狙う。口元を狙う。懸命に追い払おうとするスタッフ。物珍しさに昂ぶり笑いを繰り返す人々の眼。ウミネコの嘴から零れた秋刀魚の身が老人の眼に堕ちた。一斉に群がるウミネコの群れのけたたましい叫びのような鳴き声に、人々は歓声をあげ、大きな拍手が鳴り響く。ウミネコの嘴が、老人の眼を刳り貫いていた。大津波後の三陸の港。ウミネコも餓えている。