神沼三平太『腕』

 東北出身の友人である工藤さんの話。
「うちの家って、変な話が山ほどあるんだけど、最近ちょっと気になることがあるの」
 語り始めたのは、彼女の先祖の話だった。
 先祖といっても、そんな昔の話ではない。昭和の初期のことだ。
 工藤さんの曾祖父は釣りが趣味で、いつも夜になると、近所の淵に釣りに行っていた。
 ある夜、いつも通り糸を垂れていると、魚籠に繋がる縄を、草むらから引く者がいた。見ると背は子どもぐらいで、つるんとした光沢の肌の怪物だった。河童だ! 咄嗟に手元にあった銛で突き刺すと、河童は鴉の断末魔のような声を上げてのたうち回った。
 怒りに任せて石で打ち殺してしまおうかとも考えたが、許してくれと繰り返し頼むので、「ならば腕と引き換えだ」と告げた。
 すると河童は観念したような声で、「腕を強く引け」と言った。言われた通り力一杯引くと、河童の腕がずるりと引き抜けた。
 河童は、「その腕を食えば、長寿を授かる。お前の一族は皆百まで生きる」と言い残して去ったという。
「――でね、マジでうちの家は皆、百歳越えなの。おばあちゃんも、おばあちゃんのお姉さんももう百歳超えてるけど元気なのよ」
 工藤さんは横を向き、若い頃に河童の腕の肉を食べたらしいんだけどさ、と呟いた。
 すごいね、と相づちを打つと、彼女は、
「でもね、まだ生きてた時に、ひいじいちゃんが教えてくれた話が気になっててさ」
 河童は、別れ際にこうも言ったという。
「俺の腕一本を食い終わっても安心しろ。お前の一族で、いつか河童の腕を持って生まれてくる者がいる。それを引っこ抜いて食えばまた皆百まで生きる」
 それでさ、それでさ、と工藤さんは涙声で繰り返した。
「先週、従姉妹の家に生まれた赤ちゃん、全部の指の間に大きな水かきがあったの」