蜂葉一『御山掛けのこと』

 年が明けるとわたしはもう十五歳で、春の「御山掛け」に参じないといけない年頃になっていた。村のおとなたちは言う。
「十六才、御山掛けをしない者は一人前とみるな」
 渋々ながら白装束と雨ゴザに身を包み、飯豊山神社の麓宮に篭る。御山入りの前に、ここで七日七晩体を清めなくてはならない。同じ白装束で前準備に励む十三人の子供の中に、粂太郎の姿もあった。生来病弱な彼であったが「御山掛け」には人一倍意気込みを見せていた。
 ところが、御山入りする前の晩、粂太郎は急な熱を出した。神主に背負われ村へ戻る彼の痩せた背中を眺めながら、わたしは嘆息した。十二人じゃ、あやまっちまう――御山入りで「十二」は縁起の悪い数とされていた。が、日延べするわけにもいかない。
 濃い霧が不安をいや増す。年長者として、わたしは一行の殿をつとめることになった。登頂まで、休まず歩かねばならない。それでも三王子へさしかかる頃には、とっくに陽が暮れていた。
 にわかに背後で息づく気配をおぼえて、振り返る。
 宵闇を、巨大な影が這っていた。熊だ。まるで感情のない瞳でわたしを見つめ、のっしと四ツ足をこちらの歩調に合わせている。わたしは全身総毛立ち、悲鳴をあげることすらできず、あれは幻、幻だ、と自分に言い聞かせ前進を続けた。
 獣臭い吐息が背を撫でる。しかし熊が襲いかかる様子はない。呻きすらしない。あまりの静寂のせいか、わたしの他に誰も熊の出現に気づかなかった。
 東の空が青白むころ、山頂に到達した。霧の合間から、朝陽が照っていた。再度振り返ると、熊は陽炎のように失せていた。
 村への帰途、棺桶を担いだ葬式の一行とすれ違った。先導は神主だった。棺桶の中身は粂太郎だという。「御山掛け」を果たせないまま死んだ子供は、御山へ葬られるしきたりだ。
 神主によれば、彼らの御魂が熊の形をとり、「御山掛け」の道中を守ってくれるのだそうだ。